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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)1226号 判決

被告人

松田卯吉

主文

原判決中、被告人松田卯吉に関する部分を破棄する。

被告人を判示第壱の罪につき懲役弐年六箇月に、判示第弐の罪につき、懲役弐年に処する。

原審における未決勾留日数中、参拾日を右判示第壱の罪の本刑に算入する。

原審における訴訟費用中、弁護人田中照治竝びに証人白井和夫に支給した分は被告人の負担とする。

理由

弁護人鶴和夫の控訴趣意第二点について。

(イ)  そもそも書証に対する証拠調の請求竝びに証拠調は原則として書証の原本についてこれを為すべきものであることは刑事訴訟法第三百十条但書の規定の趣旨から窺えるが、しかし書証の原本が滅失したとか若しくは容易にこれを提出し難いとかその他特別の事情ある場合にはその謄本が原本と相違ないものであることを確認し得る限り、謄本自体について証拠調の請求竝びに証拠調をして以てこれに原本に準ずる証拠能力を認めることができるものと解するのを相当とする。

本件記録に編綴されている市丸三郞、松崎友一、吉原粂次の各盜難始末書、白水睦時の盜難届、司法警察官代理の山口一馬、石橋ツネに対する各聴取書の各謄本は、いずれもその末尾には、福岡地方検察庁検察事務官が「右は謄本である」旨の記載をして署名押印しているので他に特別の事情の認められない本件においては、その認証によつて右各謄本は原本と相違ないものと認められるし、右盜難始末書、盜難届、聴取書の原本は他事件の記録に編綴されていて容易に提出し難い事情があつたものと推認されるので、原審が適法証拠調をし且つ被告人竝びに弁護人において証拠とすることに同意している右各謄本に書証としての証拠能力を認めこれを断罪の資料に供したことに毫も違法の点はないといわねばならぬ。論旨は理由がない。

同第三点について

(ロ)  次に、原判決がその理由において被告人の前科の点につき被告人の当公廷における供述によつて明らかであると説明していることは所論のとおりである。

しかし、被告人の前科は法律上刑の加重原由たる事由であつて判決主文の因つて生ずる理由として判決において必らずこれを認定し判示することを要するけれども、もともと罪となるべき事実ではないから必ずしも証拠によつてこれを認めることを要しないとしまた、証拠によつてこれを認めるにしても所論のように補強証拠として前科調書等を挙示することなく、被告人の供述だけでこれを認めることを妨げるものではない。論旨は理由がない。

(弁護人鶴和夫の控訴趣意第二点)

原判決は適法でない証拠に基いて事実を判断した違法がある。原判決はその摘示事実第一の(二)、(四)の事実の一部(五)、(七)、(十)の事実を認定するに被告人の公判廷に於ける供述の外には(二)検察事務官作成に係る松崎友一作成名儀の盜難始末書謄本、(四)同吉原菊次作成名儀の盜難始末書謄本、(五)同白水睦時作成名儀の盜難届謄本、(七)同市丸三郞作成名儀の盜難始末書謄本、(十)(証拠の一部として)同山口一馬、石橋ツネに対する司法警際官の各聴取書謄本を証拠として採用し((十)を除いては)被告人の公判自供の外には之を唯一の証拠として居る。而してその謄本は全部公判廷に於いて検察官からその原本を証拠物又は証拠書類として提出せられた上裁判所の許可を受けてその謄本を提出せられたものではなく原本の提出は当初から無く謄本が提示され提出されたものであることは第一囘公判調書の記載(四二丁――四五丁)に由つて明かな処である。盜難届又は盜難始末書が証拠物であるか証拠書類であるかも問題ではあるがすくなく共被告人に対する犯罪の成立を証明する証拠たる為には第一にその届又は始末書が存在することが前提でなければならない。故に届又は始末書を以て犯罪事実を立証する為にはその記載内容と共にその存在が公判手続に於いて立証されなければならない。これが刑事訴訟法第三一〇条前段の規定のある所以ではあるまいか。而してそれが届又は始末書の原本であることを示すのは刑事訴訟法に直接の規定はないけれども刑事訴訟法第三〇六条、第三〇七条の規定に由る呈示義務並に同第三一〇条後段但書以下に原本に代えて謄本を提出することは裁判所の許可を要する事項として例外の取扱をなさしめ以てその前段の規定は証拠物の原本たることを要することを間接に規定して居る。右の理由に由つて前示松崎友一盜難届謄本以下の謄本が初から公判手続に呈示されてその原本が提示されなかつたのは違法なる証拠調手続と謂わねばならず、その手続に由つて裁判所に違法に採用された証拠を判決の証拠として摘示したのは違法なる判決と謂わねばならない。

同第三点

(前略) 更に原判決は累犯加重を為すにその前科を被告人の自供のみを採つて証拠として居る。前科の認定は犯罪事実自体の認定ではないが累犯加重を為すべき根拠となるものであるから刑罰の基準たるものであり広義に「有罪とされ」(刑訴第三一九条第二項)る場合に包含されるものと愚考する。従つて累犯加重して量刑するには被告人の前科に関する自白の外に更に之を補強する証拠を必要とする。然るに原判決はその補強証拠なしに前科を決定して量刑したのは前段同様の違法を為したものと謂わねばならない。

(註、本件は量刑不当にて破棄自判)

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